「 風をうけて 」 エコバッグが紡ぐショートストーリー


ショートストーリー

インデックス

ペンネーム:黄身川原プリン

100万円を超す値段。

 

なかなか手に入らない希少性。過去の有名女優の名がつけられた女性憧れの高級バッグ。それが自宅に届いて、

 

私の7年は終わった。

 

 

クリスマス。

 

街の喧騒とイルミネーションは人々の心を華やかにし、お金がある人はもちろん、ない人もそれなりにこのイベントを楽しむ。

 

 

「大したものじゃないんだけど・・・」

 

赤と緑のリボンでラッピングが施されたプレゼント袋を開けると「DELI&DELLCIOUS」というロゴの入った白のキャンパス地のバッグで、最近よく見かける高級食材を扱うお店のオリジナル商品だった。

 

 

「弁当入れるのに便利かなと思って」

 

お給料も安いので節約のためにお弁当を持参していたが、お弁当箱の形と当時持っていたバッグの形がなんとも相性が悪く、満員電車でもみくちゃにされると中身が傾いてしまうことが多い。そんな話を随分前にしたが、そのことを覚えていてくれたのだろう。

 

 

そして、言い訳のように、新しいバッグを買ってあげたかったが、年末公演の舞台の支払いがあってどうしてもお金がなかったこと、バイト先の友人に聞いたら、女の子の間で「サブ」として、このバッグを持ち歩くことが流行っていること、このバッグは品薄で数店舗を巡って、ようやく表参道で見つけたこと、そんな話を付け加えた。

 

このバッグがいくらするのかは知らなかったし、後から偶然知ったその値段は思っていたよりは高かったが、それは私にはどうでも良いことで、とにかくなけなしのお金で彼がしてくれた贈り物が嬉しかった。

 

 

 

 

アパレル販売員と売れない俳優。24歳と22歳。薄給女と金欠男。
しかし、そんな二人のクリスマスは本当に幸せで、白地のバッグまでが自分に微笑みかけてくれている。そんな気さえした。

 

「お相手のどんなところに惹かれたのでしょうか?」

 

芸能レポーターがそう問いかけると、「演技派」と評されるその女優さんがはにかみながら婚約者の良いところを口にする。

夕方から何度も繰り返し流されるその映像を目にし、つけなければ良かったと後悔しテレビの電源をきる。部屋は驚くほど静かで、遠くからかすかに電車の走る音がする。

 

この狭い部屋に彼が転がり込んできた月日と同じ、付き合いだして3年が経った頃、彼が大きなチャンスを手にした。

 

NHK朝の連続ドラマ。

 

「朝ドラ」のオーディションに合格し、主人公の「頼りない先輩」という中堅どころの役を得たのだ。

その時まで知らなかったが、朝ドラは東京のNHKと大阪のNHKが交互に制作していて、彼が抜擢されたのは「大阪班」。準備期間を含めると、ほぼ1年間現地にかんづめになるため、彼は「単身赴任」していった。

 

あの時一緒に付いて行ったらどうなったのか?

 

 

そう思うこともあるが、ちょうど私は私でそれに前後して売り場のマネージャーに昇格していたし、何より「ラストチャンス!!」と集中する彼の邪魔をしたくなかった。

 

 

毎日かかってくる電話やメールは彼のワクワク感で満ち溢れていたが、それも撮影が佳境に入ると、2日に1回になり、3日になり、1週間となっていったが、彼が役にのめり込むタイプであることは知っていたので、さして気にもしていなかったし、その頃には、朝出社前に彼の姿をテレビで見る機会が増えていて、それはそれで満足だった。

朝ドラ史上、5本の指に入る視聴率を叩き出したそのドラマは、出演者の多くを人気者にした。中でも飄々とした独特の雰囲気を持ち、舞台出身のしっかりとした基礎を持つ彼の人気はすさまじく、放映終了直後には多くの作品のオファーが舞い込むようになっていた。

 

 

しかし、彼は戻ってこなかった。

 

ドラマが社会現象のようになり、「〇〇ロス」と騒がれるようになった頃、突然連絡が途絶え、私からの連絡にも応じなくなった。そうして別れ話すらなく、私たちの関係は終わってしまったのだ。

 

 

「売れたら、高いバック買ってやる!そんな汚いバッグ捨ててしまえ!!」

 

明日から大阪。という前の晩。狭い部屋でのささやかな宴で、普段は大きなことを言わない彼が唐突にそんなことを言う。3年前にプレゼントされたバッグは、何度も洗濯や漂白を繰り返し、かなりくたびれていて、それが目に入ったのだろう。

 

「楽しみにしてる」そうこたえると、「おう」と一言だけ返した。

 

 

彼が去ってからも、私はそのバッグを捨てらずにいる。

 

 

 

 

我ながら嫌になるが、心のどこかで「いつか」という気持ちが残っていたし、このバッグが彼との「約束」のような気がしていて、どうしてもふんぎりがつかない。

一時期もの凄く出回ったバッグなので、街で同じものを持つ女性とすれ違うことも多く、今朝も電車でそんなことがあったが、そんな時はついつい過剰に反応してしまう。

もちろん、ボロボロだから気恥ずかしいのもある。しかし、周りにとってはただのオシャレなエコバッグかもしれないが、私にとっては違う。一緒にして欲しくない、という自分でも良く分からない気持ちがあるのと、誰かが持つ真新しいそれを見ると、彼と過ごした幸せなクリスマスのことを思い出すからかもしれない。

 

そして今日、お昼の休憩時間。ネットニュースで彼の婚約報道を目にし、家に帰ると同時に差出人不詳の高級バッグが届いた。
彼が一体どういう気持ちでこんなことをしたのか分からない。謝罪なのか、けじめなのか。

しかし、今となってはどうでも良いことだった。
こうして約束は守られ、私の7年は終わった。

 

 

ちなみにバッグはありがたく頂いた。
捨てたり、燃やしたり出来れば恰好良いのだが、値段を調べたら急に現実的になってしまい、買い取りショップに持ち込んだら120万円にもなって、俳優は売れれば儲かるらしい。

そのお金で新しい家に引っ越した。色々な物を捨て、色々な物を買い、それでも残ったお金は相当悩んで、前から興味があったある資格取得のための学校費用に充てた。

実際に行動に移してみると、自分でもびっくりするくらいすっきりして、陳腐な言い方だけど、7年間止まっていた時計の針が動きだした。そんな気がする。

 

そして、例のバッグは。。。。実はまだ持っている。

 

あの日から数日。まるで自分の使命を果たしたかのように底から破れてしまったのだけど、修理専門業者に持ち込んで直してもらったら・・・・その費用はなんと2万5千円!!

店員さんも「買いなおした方が安いですよ」といぶかしがり、こちらも苦笑いするしかなかったが、破れた場所を繕ってもらい、特殊な洗剤でクリーニングをかけた。

おかげで、ちょっとだけ残っていたロゴは完全に落ちてしまったが、見違えるように綺麗になった。修理をしてくれた方の話では、キャンパス地は元々ヨットの帆として使われていたくらいなので、丁寧にメンテナンスすれば抜群に長持ちするらしい。

 

こんな安いバッグに思い入れを持つなんて我ながらバカげている。そう思う。

 

でもこのバッグは私だ。

 

お手軽で、地味で頑丈。そして今となっては高級食材店のロゴも、売れっ子俳優がいつか迎えにくる女というブランドもない。良く見ればお互い傷だらけで「新品」ではないけれど、とりあえずは「真っ白」になれた。

 

突然送られてきた高級バッグ。その意図は分からないが、それは風になり、このバッグを「帆」にして私を前に進めてくれた。

 

旅はまだ長い。まだまだ帆をたたむわけにはいかない。

 


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